はじめに
経皮的冠動脈インターベンション(PCI)は、狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患に対して広く行われるカテーテル治療です。しかし、その治療中に発生する合併症の中で冠動脈穿孔は最も重篤なもののひとつです。穿孔が起こると心嚢内に血液が流出し、心タンポナーデを引き起こす危険性があります。
そのような緊急事態に対応するために開発されたのが、アボット社の GRAFTMASTER™ RX Coronary Stent Graft System(グラフトマスターRX) です。本記事では、日本における適応を含め、このステントグラフトの特徴や使用上の注意点を詳しく解説します。
GRAFTMASTER RXとは?
グラフトマスターRXは、通常のステントとは異なり血管壁の穴を塞ぐことに特化したデバイスです。
特徴

- 二重ステント構造
ステンレス製ステントの間に ePTFE膜(膨張型ポリテトラフルオロエチレン)を挟み込み、血管穿孔部を覆う構造になっています。 - ラピッドエクスチェンジ(RX)方式
緊急時でも迅速にデリバリー・展開できるよう設計。 - 救命目的の特殊ステント
通常の狭窄治療用ステントとは異なり、PCI中に発生した穿孔を封止するための緊急用デバイスです。
日本における適応
グラフトマスターRXは、日本では以下の適応で承認されています。
冠動脈または伏在静脈グラフトに穿孔が生じ、心嚢内への止血が困難な血液漏出がある患者に対する救命を目的とした緊急処置用ステントグラフト
つまり、グラフトマスターは計画的な留置や通常のPCI治療のためではなく、穿孔時の救命対応に使用されるのが特徴です。
主な仕様
項目 | 内容 |
---|---|
ステント素材 | ステンレススチール(316L) |
グラフト素材 | ePTFE膜 |
サイズ展開(ステント径) | 2.8・3.5・4.0・4.5・4.8 mm 4.0・4.5・4.8 mmは入手困難 |
長さ | 16 mm / 19 mm / 26 mm 26mmは入手困難 |
バルーン | セミコンプライアントバルーン |
デリバリー方式 | RX(ラピッドエクスチェンジ) |
ステント厚 | 0.26mm(2ステント+ePTFE膜) |
最大拡張径 | 外径で5.5mmまで ※ステント厚を考慮すると POSTバルーン径は最大で4.9mm |
ステントショートニング | 両端から最大1.6mm 合計最大3.2mm短くなる |
利点
- 即効性のある止血効果
穿孔部を迅速に閉鎖し、心タンポナーデやショックを防ぎます。 - シンプルな操作性
RX方式により緊急時でも迅速な対応が可能。 - 複数サイズの展開
病変の位置や血管径に応じて最適なサイズを選択可能。
リスク・注意点
- 長期データは限定的
緊急用デバイスであるため、長期予後や再狭窄に関する十分なデータはまだ少ない。 - アレルギーへの注意
ステンレスやPTFEに過敏症を持つ患者には禁忌。 - 血栓形成や再狭窄のリスク
通常のステントと同様に血栓予防の抗血小板療法が必要。 - 操作上の注意点
- バルーンの過膨張は血管損傷の危険性
- 複数本を留置する場合は遠位から順に配置するのが原則
使用上のポイント
- 適切なサイズ選択
穿孔部を確実に覆える長さと径を選ぶことが重要。 - イメージングの活用
IVUSやOCTで確認すると安全かつ正確な配置が可能。 - 常備の重要性
穿孔は予測不可能なため、カテーテル室に常時備えておくことが推奨されます。
まとめ
アボット社の グラフトマスターRX は、PCI中に発生する冠動脈穿孔という緊急事態に対応するための“切り札”となるデバイスです。
日本での適応は「穿孔時の救命処置」に限定されていますが、その即効性と信頼性は臨床現場で高く評価されています。循環器内科医やカテーテル室で働く医療従事者にとって、グラフトマスターを理解し備えておくことは、安全なPCIを行ううえで欠かせない要素といえるでしょう。
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